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高野山と南紀熊野三山 2泊3日の旅 (龍神温泉→熊野本宮→熊野速玉大社→神倉神社→那智の滝・那智大社→南紀勝浦 2日目-1)


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 ← 1日目行程からの続きです。

 2日目の行程は、龍神温泉→熊野本宮→熊野速玉大社→神倉神社→那智の滝・那智大社→南紀勝浦です。
 ちょっと距離的に少し強行軍の為、龍神温泉を早めの朝9時に出発。
 旧道を通って、龍神温泉の中心部を通過し、龍神温泉街の雰囲気を味わいつつ中辺路を目指します。途中、日高川には何本も「つり橋」が掛かっていました。人が対岸に渡るための、車は通れない小さなつり橋ばかりです。
 ほどなく中辺路を通過して熊野本宮大社に行きました。龍神温泉から熊野本宮へは約60分で到着。道路はかなりすいていましたので、普通は80分みた方が良さそうです。

熊野本宮大社

 大社の近くはもっとお土産物屋さんや、駐車場はこっちなどの看板などで賑わっているのかなと思いきや? 失礼かも知れませんが予想に反して、駐車場や中心地が良く分からず行き過ぎてしまい、Uターンしました。
 神社鳥居の左側に小さい駐車場があります。この日は平日の朝10時くらいでしたが既に満車でして、隣の広い駐車場があり、何かお土産屋さんの駐車場?のようでしたが拝借して参拝しました。
 杉木立と「熊野大権現」と染めた幟(のぼり)に囲まれた石段約130段をせっせと登ると立派なお社が見えます。
 もともとは大斎原(おおゆのはら)と言う熊野川の中洲に鎮座していましたが、明治22年の大洪水にて流失した為、現在は洪水被害を受けない山の地に遷座しています。
 昔は現在の本宮大社の8倍の規模を誇っていたと言い、流失して復元されていない社殿も多数あります。約2000年も長い間、川の中洲にあって洪水に会わなかったのに、明治に入り大洪水で流出した原因は、近代日本が急激に山林伐採などを行い、人災を引き起こしたと容易に推測することができます。当時は十津川の村々も土石流で大被害だったとの事です。
 遠い昔から、自然の神様を崇拝してきたにも関わらず、自然破壊を行い、守ってきた多くの社殿も喪失した。本当に人間はおろかな生き物です。神社にて神様に願い事をするのではなく、神様に謝る必要がありますね。
 ちょうど、まもなくサッカーW杯ドイツ大会と言うことで、あっちこっちに「がんばれ日本代表」ののぼりやポスターが見えます。なにしろ、熊野三山のマーク「八咫烏」(やたがらす)は、日本サッカー協会のあのJAFマークに使われているカラス様です。日本に初めて近代サッカーを紹介した中村覚之助氏に敬意を表し、出身地である那智勝浦町の那智大社の神使である八咫烏をデザインした訳です。

 

 後からわかった事ですが、熊野本宮の参拝方式は第三殿<証誠殿>→第二殿<速玉宮>→第一殿<結宮>→第四殿<若宮>→満山社の順番に参拝するのが正しいとの事。社殿レイアウト的には「3・2・1・4・5」の順に中央から左、そして戻って右に、という順番になるそうです。確かにそんな感じでお参りされていた方がいらっしゃいました。
 社殿の撮影は禁止ですが、個人の記念写真ならOKです。
 次は、本宮から新宮に向かいます。


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熊野速玉大社

 本宮から熊野速玉大社までは、車で約50分。
 熊野速玉大社(新宮)が見えると左側に駐車場があると表示がありました。駐車場は無料です。ただ、駐車場はそんなに大きくない為、土日は混雑するかも知れません。
 新宮の熊野速玉大社は今から約1900年前の129年にこの地に社殿を造営したと言われています。水の神・速玉大神と縁結びの神・牟須美大神を主祭神とし、熊野第一の伝統を誇る神社です。
 熊野十二社大権現を名乗るものの、実はここには熊野三神に加え、天の神、地の神、恵比寿神も含め、16もの神様が祭られています。
 1883年(明治16年)の打ち上げ花火により社殿が全焼しましたが、1967年(昭和42年)に再建され現在に至っていますので、建物は新しく感じます。

 参道の中ほどにある「なぎの木」は、平安末期に熊野三山造営奉行を務めた平重盛(清盛の嫡男で維盛の父)の手植えと言われておりれ、幹周り6m、高さは20mを超え、なぎの木としては日本最大で国の天然記念物です。
 速玉大社は全国3000社ある熊野神社の総本宮です。例えば沖縄県の神社のほとんどは熊野神社と言うことから「海」が密接に関係していたものと小生は感じています。
 速玉=速い球 ということで、最近は野球選手、特に投手の参拝が増えてるらしいです。
 神宝館には、室町時代に皇室と足利義満公の奉納と伝えられる古神宝類が展示されています。今回は時間がなく断念しましたが、古くて貴重なもの=国宝が多いですのでお勧めです。神宝館入館料は500円(9:00~16:00)。
 そして、余り観光客は寄らない、神倉神社を目指しました。ほど近い場所にあります。

神倉神社

 神倉神社は今から2000年以上前に熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮と言われています。要するに熊野三山に祀られている神々は、まず初めにこの場所に降臨したと言うことです。その為、神倉神社を旧宮と称し、西暦129年に新設した近くの速玉大社を新宮と称します。新宮は約1900年前ではありますが、その時に新しくできた神社なので新宮なのです。
 神倉神社は熊野速玉大社から徒歩15分ほどで神倉山のふもとに着きます。
 しかし、ふもとから階段が500段以上あり、ゆっくり登って登山が片道15分位です。
 この石段は、源平合戦における熊野水軍の功労に報いる形で1193年に源頼朝が寄進したと伝えられており、自然石を組み合わせて積み重ねた「鎌倉積み」と称します。お祭りの時は急な石段を一気に駆け下りるとの事。
 他の熊野大社をすべて見学される場合、南紀でも神倉神社は歴史が最も古い参拝場所であり、日本国内でも最古の部類に入りますので欠かせません。
 天狗伝説もある神倉神社のご神体は「ゴトビキ岩」(写真)と言うヒキガエルに似た岩です。麓から約60m高い場所にあり、日本書紀にも出てくる有名な岩です。聖地としては速玉大社よりも遥かに古い歴史をもっているものと思われ、ゴトビキ岩の下からは弥生時代の銅鐸の破片などが発掘されています。この地に人が住み始めた縄文時代、神道や神社などというものが存在する以前から、ゴトビキ岩は自然の神として崇拝されていたと考えるのかが自然ではないでしょうか?

 

 ふもとには現在小さな川が流れています。昔はふもとが海岸線だったのではないかと容易に推測できます。
 神倉神社には駐車場はありませんので、速玉大社の駐車場から徒歩で行くか、駅から徒歩やタクシーで行くなど必要です。
 御朱印帳は、速玉大社で「神倉神社の分もお願いします」と言うと、速玉と神倉と両方書いてもらえることを付け加えておきます。

 ※この情報は2006年時点での情報です。

 → 2日目の続き、神倉神社→那智の滝・那智大社→南紀勝浦はこちら

 

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髙田

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