唐招提寺(とうしょうだいじ)は、奈良県奈良市五条町にある律宗の総本山になる寺院です。
奈良時代の僧侶である鑑真(がんじん)が、東大寺にて5年過ごしたあと、759年に戒律修行の道場として開きました。
奈良にある大きな寺の多くは天皇勅願による官寺(いわば国設)です。
しかし、唐招提寺は、鑑真和上発願による私院となります。
710年に遷都された平城京のエリア内である新田部親王(天武天皇第7皇子)の旧宅地が、759年に下賜されて、現在の唐招提寺が建立されました。
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当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけだったようです。
その後、朝廷などの寄進により徐々に整えられ金堂、鼓楼、そして、講堂(下記写真)、経蔵、宝蔵なども国宝に指定されているほか、ユネスコより世界遺産に登録されています。
763年、鑑真は唐招提寺で死去し、鑑真の彫像が造られましたが、日本最古の肖像彫刻とされています。
ページトップ写真の金堂は、奈良時代建立の寺院金堂(本堂)としては現存唯一のものとなり、最大の天平建築になります。
建物の内部では、中央に本尊・盧舎那仏坐像、向って右に薬師如来立像、向って左に千手観音立像が安置されており、見学できますが、撮影は禁止です。
大棟の両端に飾られた鴟尾は、東側が鎌倉時代に補修されたもので、西側は創建当時からあるものでした。
ただし、劣化が激しかったため、平成の修理にて平成の鴟尾に代えられ、古いものは別途保管されているようです。
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経蔵(国宝)は、宝蔵(国宝)とともに並んで建つ、高床式の校倉(あぜくら)です。
唐招提寺が創建される前の新田部親王邸の米倉を改造したものとされ、唐招提寺では最も古い建造物でもあり、日本最古の校倉となります。
唐招提寺・講堂(国宝)は平城宮にあった東朝集殿が朝廷から払い下げられて移築したものとなります。
そのため、奈良時代の宮廷建築の唯一の遺構であると言われます。
食堂(じきどう)は時の権力者である藤原仲麻呂家が寄進しましたが、これらの伽藍は、鑑真が死去したあとに整備されたものとなります。
羂索堂は遣唐使でもあった藤原淸河家などが寄進したものですが、いずれも失われている?ようです。
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鑑真の死後は、唐より同行してきた弟子・如宝が、意思を引き継ぎ、宝亀年間(770年~781年)に伽藍全体が完成したと言います。
784年、長岡京に遷都が行われて平城京が使われなくなり、平安時代に入ると、唐招提寺は次第に衰退し荒廃しました。
その後、鎌倉時代の1244年、覚盛(かくじょう)上人によって、律学が復興され、伽藍の修復も行われています。
覚盛は殺生戒を守り、蚊も殺さなかったと言われています。
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下記は、唐招提寺・開山堂となります。
手前からは入れないのですが、裏側に回ると、行けます。
開山堂の内部には、現在、鑑真の御身代わり像(おみがわりぞう)が安置されています。
更に奥の方に進みますと、鑑真の御廟への道があります。
その先には、鑑真のお墓となる、鑑真和上御廟がありましたので、丁重にお参ります。
下記は、鎌倉時代の1240年建造になる鼓楼(ころう)で、もちろん「国宝」です。
なお、訪問時、唐招提寺・御影堂(国宝)は、修理していて見学ができませんでした。
御影堂(みえいどう)は、2022年3月頃まで見学できないようです。
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唐招提寺への交通アクセス・行き方ですが、近畿日本鉄道・橿原線(かしはらせん)の西ノ京駅から徒歩約8分となります。
JR奈良駅から路線バスですと所要20分くらいです。
クルマの場合、有料の大きな駐車場が近くにありますが、徒歩3分となります。
唐招提寺の入口は、南大門からとなります。
見学所要時間は最短で30分、通常であれば60分程度となります。
薬師寺も近いです。
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