福島観光

白虎隊十九士の墓など会津「飯盛山」見逃しの無い観光巡り方法~白虎隊とは?

白虎隊十九士の墓

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白虎隊十九士の墓は、福島県会津若松市一箕町にある白虎隊の墓所です。
この白虎隊(びゃっこたい)の墓がある「飯盛山」(いいもりやま)周辺には、白虎隊の墓以外に、いくつか見学しておきたい観光名所が、まとまっています。
しかし、事前に調べておかないと、せっかく訪問なさっても、見落としてしまいがちです。
もれなく、忘れず、ご見学・ご訪問頂けるよう、飯盛山・白虎隊の墓周辺の観光情報をまとめておきます。

白虎隊とは

白虎隊は、幕末・明治維新の際に、戊辰戦争で会津戦争となった際に、会津藩士の子供16歳~17歳の少年たちで構成された、戦闘部隊の名称です。
鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍が敗れると、新政府軍に対抗するため、会津藩は軍政を改めました。


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会津藩士の中で、佐川官兵衛など18歳~35歳を朱雀隊(すざく)、36歳~49歳を青龍隊(せいりゅう)として主力部隊に位置づけます。
そして、50歳以上の藩士は玄武隊(げんぶ)となり、予備兵力としました。
更には、16歳~17歳の少年(藩士の子供ら)を白虎隊として予備軍にしています。
ただし、中には志願して生年月日を改ざんし、15歳で出陣した子や、幼少組として13歳の少年も加わっていたとされます。
白虎隊の兵数は約340名で、構成は下記の通りです。
・士中一番隊 49名、二番隊 42名
・寄合一番隊 106名、二番隊 67名
・足軽隊 79名
士中隊は会津藩主・松平容敬の親衛隊で、寄合隊は予備隊。

悲劇となった白虎隊は、白虎士中二番隊(中隊長:日向内記)の42名です。


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1869年8月21日、新政府軍2200が会津へ侵攻し、母成峠の戦いとなり、守備する会津藩200に、土方歳三大鳥圭介など600が加勢しますが、敗走します。
新政府軍は猪苗代城を占領し、会津若松城へ進軍開始しました。
そのため、会津藩の佐川官兵衛ら主力を派遣し、猪苗代湖の十六橋の破壊を試み、新政府軍3000と衝突し、8月22日、戸ノ口原の戦いとなりました。
この知らせを受け、松平容保も自ら白虎隊などの予備兵力を率いて、滝沢本陣まで出陣しました。
白虎隊士中一番隊は、藩主の警護を務めており、日向内記ら士中二番隊42名には、戸ノ口原への出陣命令が下り、布陣しました。
しかし、少年たちに野営を命じると、中隊長・日向内記は、離脱してしまいます。
食料を調達するためなど、諸説ありますが、初陣で戦闘経験のない少年らは、新政府軍と交戦状態となります。
生き残った白虎隊20名は、飯盛山の戸ノ口堰洞穴と言う、長さ150mの水路トンネルを濡れながら抜けました。
なお、飯盛山に抜けた隊士ら7名くらいは、城下の戦闘状態を確かめようと、会津さざえ堂の脇から、飯盛山の中腹の高台まで登ったようです。


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すでに新政府軍は、8月23日午前10時頃には、若松城下へ突入しており、城下町は炎をあげていました。
鶴ヶ城が燃えているように見えたとされ、白虎隊士の間では城に戻って戦うか、敵陣に斬り込みひとりでも多く道連れにするか?、激論になったと言います。
しかし、彼らが選んだの結論は、自刃することでした。
捕虜となって、生き恥をさらすより、潔く死を選んだと言う事になります。
<注釈> その後、飯沼貞吉の新たな史料が見つかり、落城したように見えたと言うのは、自刃の理由とはなっていません。

全員が自決しましたが、1人、飯沼貞吉(15歳)だけは失敗し、まだ息のあるところを、微禄の会津藩士・印出新蔵の妻・ハツに救助されました。
この救出された飯沼貞吉が、生き残ったため、白虎隊の悲劇が、現在に伝わっていると言っても過言ではありません。

<注釈>20名と言うのは一連の戦闘で死亡した二番隊士の人数であり、そのうち負傷者を抱えながら6~7名が、飯盛山に抜けて自刃したとされ、残りの生き残りは、はぐれたと考えられ、無事に鶴ヶ城に戻って籠城に加わった17名ほどの二番隊士もいます。


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会津戦争の際、亡くなった会津藩兵の遺体は、新政府の命にて、埋葬が禁じられたため、そのままほっておかれていました。
約3ヶ月後、近くの飯盛正信や吉田伊惣次らが、骨を拾い集めて、密かに妙国寺に仮埋葬します。
この飯盛正信と吉田伊惣次の行為は、新政府に知られて処罰を受け、遺骨も掘り起こされると、元の自刃した場所へ投げ捨てられたとされます。
そして、明治2年、ようやく埋葬が許されると、飯盛山に改葬され、白虎士中二番隊、19人の墓があると言う事になります。

のち、昭和に、飯沼貞吉の墓碑も、飯盛山に追加されました。
飯沼貞吉は、会津を離れると、二度と故郷に戻ることはありませんでしたが、晩年に、白虎隊の自刃を語ったことで、飯盛山で自刃された白虎隊の物語が世に知られました。

見逃さない飯盛山散策方法

まず最初に、会津・飯盛山を訪れる場合ですが、交通アクセス・行き方として、バスの場合、まちなか周遊バス「ハイカラさん・あかべぇ」に乗車し、飯盛山下バス停下車して、徒歩5分となります。
クルマの場合、バス停がある、飯盛山観光案内所の脇に、無料で止められる飯盛山市営駐車場があります。
飯盛山市営駐車場の入口は、当方のオリジナル東北地図にてポイントしております。
スマホで表示して、目的地として選択し「ナビ開始」にすれば、カーナビ代わりにもなります。
自動車用、歩行用でも、ナビとしてお使い頂けます。

その他、お土産を購入したりする必要がありますが、付近には、土産物店の有料駐車場もあります。

こちらの「飯盛山散策マップ」も非常に参考になります。

駐車場やバス停からは、下記の写真の道路を奥へと進めと、飯盛山へのメインの入口がわかります。

会津・飯盛山

飯盛山の墓所は「中腹」にあるため、麓から約190段の階段があります。
しかし、安心してください。
有料ではありますが、飯盛山動く坂道(スロープコンベア)があります。

飯盛山動く坂道(スロープコンベア)

昔は、こんな便利な物はありませんでしたので、ほんと助かります。
なお、飯盛山スロープコンベアの一般割引などは無いようです。(障害者割引・団体割引・修学旅行特別料金はある)
<注釈> 割引があっても、もともと高くないので数十円の割引き程度になる。

飯盛山動く坂道(スロープコンベア)

ただし、この動く歩道を利用しても、最後には45段の石段を登る必要があります。


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まずは、その残りの階段を登って、白虎隊士の墓をお参りしましょう。
その階段の途中「会津・さざえ堂」に行ける脇道がありますので、場所を確認しておくと良いです。
階段を登り切り、広場に出ると、お線香の販売も行っている場合があります。

白虎隊十九士の墓

お参りする時くらいは、帽子も脱帽できると良いですね。

白虎隊十九士の墓

その後、広場右手にある散策路を進むと、途中に、飯沼貞吉の墓がありました。

飯沼貞吉の墓

飯沼貞吉の墓も、そんなに離れていませんので、ぜひ、足を延ばして頂ければと存じます。

白虎隊自刃の地

更に散策路を進むと、その先には、下りの階段があらわれます。

白虎隊自刃の地

白虎隊の墓から、歩いて3分ほどの距離です。
その階段を降りた平場が、白虎隊自刃の地となっており、現在、その周辺には、一般のお墓もたくさん並んでいました。

白虎隊自刃の地

ちょっと、階段の上り下りが必要ですが、ここまで来たのですから、ぜひ、お参りなさって頂ければと存じます。

あとは来た道を戻って、階段を降りて行く途中、右手に折れて、会津さざえ堂方面を目指しましょう。
この、さざえ堂には、半分くらいの方は、行かないのですが、国の重要文化財にもなっておりますので、ぜひ、寄り道なさって頂ければ幸いです。

会津さざえ堂

さざえ堂の手前には、宇賀神堂があるほか、軽食類の食堂などもありました。

宇賀神堂

この宇賀神堂には、白虎隊十九士の洋装の霊像が祀られていますので、ぜひ、お賽銭と共に、見学なさってみてください。

白虎隊十九士の洋装の霊像

そして、前述した会津さざえ堂も、有料拝観ですが、珍しい内部構造にもなっておりますりで、お勧めです。
さざえ堂は、別記事にてご紹介していますので、ご興味があれば、あわせて、ご覧頂けますと幸いです。

会津さざえ堂 (円通三匝堂)の解説~らせん階段で一方通行拝観・高層建物の珍しいお堂

戸の口堰洞穴

さざえ堂からは、下に降りる階段がありますので、元の道には戻らず、階段を降りて行きましょう。
降りたところが、猪苗代湖から水を引いている、トンネルの戸の口堰洞穴の出口になります。

戸の口堰洞穴

現在でも農業や工業用水に使われているため、水が流れています。
自刃した白虎隊士らは、このトンネルを抜けて、逃れてきました。


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ここからの帰り道は、お好みですが、もし、白虎隊関連を、もっと周る場合には、下記の3点がお勧めです。
経路として効率が良い順番にて、ご紹介いたします。

旧滝沢本陣

まずは、旧滝沢本陣に向かうと、効率が良いかと存じます。
国指定史跡・国指定重要文化財にもなっており、旧滝沢本陣の内部を見学すると、弾痕なども残っているようです。
今回の訪問時は、長期閉館中でしたので、外観だけ撮影させて頂きました。

旧滝沢本陣

次には、白虎隊伝承史学館が良いかと存じます。
白虎隊・会津藩士・新選組など5000点あまりが展示されているようです。

最後には、白虎隊記念館。
飯盛山動く坂道(スロープコンベア) の反対側にありますので、最初に見学しても良いです。
主に白虎隊に関する、遺品や写真などが展示されています。


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最後には、ぜひ、お土産物店にも立ち寄りたいところです。
新選組や白虎隊関連グッズも豊富です。

以上で、観光所要時間は、急いで約40分、ゆっくりだと80分といったところです。
食堂などもありますので、昼食(ランチ)も取れます。

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髙田

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旅行会社勤務時の経験なども活かしまして国内旅行の情報提供中。
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