城跡

三渓園の楽しみ方~単なる庭園ではない歴史的建物が豊富な横浜本牧の観光名所


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国の名勝にも指定されている三溪園(さんけいえん)は横浜の観光地として親しまれており、季節の花木を眺めながら、伝統ある建物と歴史を身近に感じることができる、散策型の庭園です。

この三渓園には、国の重要文化財の建造物が12棟もありますが、そんな歴史ある建物などをご紹介しながら、三渓園の楽しみ方を記載してみたいと存じます。

なお、漢字が古いので「三渓園」として表記されることも多いため、このページでは以後、三渓園の漢字を使用させて頂きます。


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そもそも、三渓園は、明治時代の大隈内閣で財政諮問委員や、横浜興信銀行(横浜銀行)の初代頭取も務めた実業家・原富太郎(はら-とみたろう)が創設した庭園です。

原富太郎は、古美術品の収集を行いましたが、それだけでなく室町時代の旧燈明寺三重塔をはじめ、京都や各地の古い建築物も購入して、ここ三渓園に移築・整備を進めました。

そして、1906年(明治39年)5月1日、市民に庭園を公開したのが始まりですが、その後も、少しずつ建造物の移築が続けられたと言います。

1923年の関東大震災後のときにも、私財を投じ復興に尽くした原富太郎は、茶人としても知られますが、号を「三溪」と言います。
この原三溪の名から「三渓園」と呼ばれるようになりました。
桃山時代の建物で、三畳台目(さんじょうだいめ)の小間茶室は、織田有楽斎の作と伝えられる春草廬(国の重要文化財)などの建物があります。
ただし、古美術コレクションの多くは、太平洋戦争の敗戦による混乱で、ほとんどがなくなり、空襲の被害を免れた一部の建物だけが残ったと言います。

その後、横浜市も出資して1953年(昭和28年)に財団法人三溪園保勝会が設立され、庭園を再び整備・管理し、現在に至っています。
園内は平たんなところは、車いすも大丈夫です。
しかし、砂利を敷いたような散策路ですので、走行はかなり大変かも知れません。

三渓園には、白梅・紅梅・臥竜梅・緑萼梅など約600本の梅の木もあり、毎年2月上旬頃~3月にかけては「観梅会」と言うイベントも開催され、多くの観光客でにぎわいます。
春には桜、秋にはツツジなどの紅葉も見事です。
開花時期は早まったりすることもありますので、公式サイトにて情報を確認すると良いです。
また、園内の池は野鳥の宝庫でもあり、中央の大池では、鳥にカメラを向けている方も見受けられます。

旧燈明寺本堂は戦後に移築されたものですが、国の重要文化財で、室町時代初期に建てられた建築物となります。

聴秋閣(国の重要文化財)は徳川家光二条城に1623年(元和9年)に建てたもので、のち春日局が賜り、春日局の孫の稲葉正則の江戸屋敷に移したと伝わります。
また、この建物は江戸時代の佐久間将監(さくましょうげん)の作とも言われています。

旧天瑞寺寿塔覆堂(国の重要文化財)は、豊臣秀吉が1591年(天正19年)に建てたもので、母・大政所の寿塔(1588年に大徳寺に設置)を覆うためものだったと言います。

下記の月華殿(国の重要文化財)は、1603年(慶長8年)建築の建物で、徳川家康伏見城を再建した際に建立された建物とされています。

少し大きな建物である臨春閣(国の重要文化財)は、1649年(慶安2年)建築で、紀州徳川家の別荘・巌出御殿(いわでごてん)だと考えられています。

臨春閣はさすが大名屋敷と言う雰囲気になっており、とても立派です。

臨春閣の西側には、豊臣秀吉が愛用し、のち伊賀上野城主・藤堂高虎に与えられたと言う「水鉢」もあります。

また、臨春閣の西の裏手からは入れる奥には、千利休が刺客に襲われたとき身代わりとなったと伝わる灯篭「身代わり灯篭」もありました。

御門は、江戸時代の1708年(宝永5年)頃の建築で、京都東山の西方寺にあった薬医門となります。

白川郷の合掌造建物「旧矢箆原家住宅」(やのはら家)はダム建設により三溪園に戦後の寄贈された移築建物です。

この合掌造の建物は、建物内部も一般公開されています。

その他の建物の一部は、茶会、句会などの催事や、時代劇撮影などの際には有料貸出もしているようです。

下記の旧原家住宅「鶴翔閣」(かくしょうかく)と言う、ひときわ大きな建物には、かつて吉田茂、伊藤博文、原敬、大隈重信など歴代の総理大臣も訪れたと言います。
この鶴翔閣では「横濱ウェディング」と称した和風情緒たっぷりの1日1組限定となる挙式・披露宴もできるそうです。

丘の上には、1457年(康正3年)建築である、旧燈明寺三重塔(国の重要文化財)もあり、一番の見学スポットになっています。

その三重塔の先には「展望台」があり、本牧の港が望めます。

東慶寺仏殿も、国の重要文化財で、江戸時代初期の建物です。
東慶寺は鎌倉にある寺ですが、恐らくは、千姫が、豊臣滅亡時に豊臣秀頼の娘・天秀尼のために寄進したのではないかと、勝手に考えています。

なお、園内には茶屋が3箇所ほどあり、そば・ラーメン・うどんなどを堪能することも可能です。

三渓園の開園時間は、朝9:00~17:00(入園は16:30まで)で、入園料は大人(中学生以上)500円、こども(小学生)200円、シニア(65歳以上) 300円です。
JAF会員割引だと、大人100円引きとなります。

私が家族と訪れた際には、園内をくまなく歩いて、三重塔や展望台の方も登って、三溪記念館内ロビーでの500円抹茶も頂いて、観光所要時間は90分でした。
じっくり見るのには120分必要だと思います。

さて、三渓園へのアクセス・行き方ですが、車の場合には、下記のポイント地点が三渓園の駐車場入口となります。
最初の2時間まで500円、以降30分毎に100円、当日最大1000円で、無料ではありません。
ペット入園は禁止です。

駐車場は約80台ですが、バスの予約により普通車スペースが狭くなるので、梅・桜、紅葉の時期の土日祝は混雑して満車気味です。
そのような時には、南側の首都高の脇となる、本牧市民公園の有料駐車場(30分=100円)を利用して、三渓園の「南門」から入場することをお勧めいたします。
普段でも約2時間でしたら、この本牧市民公園の駐車場の方が、駐車料金安いです。

電車の場合ですが、最寄りのJR根岸線「山手駅」からですと、約2.7km、早く歩いて徒歩30分も掛かりますし、道もわかりにくいです。
そのため、横浜駅か桜木町駅から、横浜市営バスが現実的ですが、平日はバスも目の前まで行きません。
個人的には根岸駅からタクシーの方が便利だと存じます。
路線バスは土日祝だけ、横浜駅東口2番のりばから「ぶらりり三溪園BUS」が6本だけ運行され、所要約50分となっています。

最近は、外国人にも人気が高い、横浜有数の日本文化が楽しめる観光スポットです。

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髙田

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旅行会社勤務時の経験なども活かしまして国内旅行の情報提供中。
日本航空さんに年間20~30回搭乗して日本国内を巡っており、観光地での楽しみ方、お得な過ごし方などを掲載しております。
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