龍泉寺(りゅうせんじ)は奈良県吉野郡天川村洞川(どろがわ)にある真言宗・醍醐派の寺院で、洞川温泉で代表する寺となり、日本遺産にも選ばれています。
創建としては、 白鳳年間(645年~710年)に、役行者が大峯を開山して修行していた頃、山麓の洞川にある岩場の中から、水が湧き出る泉を発見したのが始まりとされます。
役行者は、その泉のほとりに八大龍王尊を祀ったのが、龍泉寺の最初であると伝わります。
この泉は「龍の口」と言い、この地を龍神が住む泉であると言うことで、龍泉寺と名付けられました。
役行者
この役行者(えんのぎょうじゃ)と言うのは、人の名前で、大和・葛木山で山岳修行をした呪術者(じゅじゅつ-しゃ)となります。
別名は、役小角(えんのおづぬ)とも、役君小角(えのきみおづぬ)とも言い、20代の頃には、藤原鎌足の病気を治したとあります。
また、鬼神(妖怪)を使って、水汲みなどの家事を手伝わせていたともされます。
しかし、人々を惑わしている言う罪で、699年には伊豆大島に流刑となりました。
大赦で戻ったあと、箕面の天上ヶ岳にて入寂し亡くなったと伝わります。
下記は、八大龍王堂になります。
その後、修験道中興の祖である聖宝理源大師(しょうぼうりげんだいし)によって、洞川・龍泉寺は再興修行され、修験道の根本道場となって修行者を迎えた霊場になります。
龍の口より湧き出た清水が注がれる池は、水行場としても有名で、修行者の身心を清める第一の行場となっています。
昭和21年(1946年)洞川にて大火があった際には、龍泉寺の建物も、ほとんどを焼失しました。
その後、昭和35年(1960年)に伽藍が復興され、女人解禁となった滝行場・龍王の滝も整備されました。
今では、洞川温泉から日本百名山の一つである大峰山(山上ヶ岳)へ登る修験者は、宗派を問わず、龍泉寺にて水行をしたあと、八大龍王尊にて道中の安全を祈願するのが慣例になっており、大峯山山上ヶ岳への登拝の出発点と言えます。
下記は、なでると軽く持ち上がり、叩いて持ち上げると重くなるという龍泉寺に古くから伝わる不思議な石「なで石」です。
吉野の竹林院、桜本坊、喜蔵院、東南院と共に山上ヶ岳にある大峯山寺の護持院の1つにもなっており、毎年10月の大祭はにぎやかに行われます。
清水「龍の口」には、下記のような伝説もあります。
引用します。
龍泉寺で働いていた夫婦に男の子が誕生しますが、その母親は自分が白蛇の化身(龍の化身)であることを知られ、乳の代わりに片方の目を与えて姿を消してしまいます。
しかし、その片方の目がなくなると、再び、龍の口から姿を現し、最後のもう片方の目も与え、赤い血の涙を流しながらこの洞の中へと消えていったと言われています。
湧き水は、写真ではわかりにいくため、動画も撮影してみました。
下記は、滝の口です。
下記は、滝修行できる、龍王の滝となります。
標高約820mの高地でもあり、紅葉の時期も素晴らしいようで、多くの観光客が訪れると言います。
スポンサーリンク
交通アクセスは、近鉄吉野線の下市口駅から、奈良交通バスの洞川温泉行にて終点下車(所要1時間30分)。
洞川温泉のバス停からは、徒歩5分となります。
代松鍾乳洞の近くでは、洞川湧水群で名水百選にも選ばれ神の水「ごろごろ水」や泉の森(泉の森大神)の湧き水も有名です。
・名水百選「ごろごろ水」 甘みも感じるpH8.2奈良の天然水
・泉の森(泉の森大神) 洞川湧水群 名水100選
・洞川温泉「花あかりの宿」柳屋 源泉かけ流しの旅館
・天河大弁財天社 神様から呼ばれないと行けない神社?
・吉野の桜 散策が楽しい吉野山厳選5箇所の観光ポイント
・関西方面の観光に便利なオリジナル地図
この記事へのコメントはありません。